東京地方裁判所 昭和47年(ワ)3119号 判決 1977年12月19日
原告
藤野弘
外二名
右原告ら訴訟代理人
稲野良夫
外二名
被告
株式会社泉屋東京店
右代表者
泉薫子
右訴訟代理人
大久保純一郎
外一名
主文
一 被告は原告らに対し、各金三〇万円およびこれに対する昭和四七年三月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二〇分し、その一を被告の負担、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は主文第一項に限り、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一請求原因1(当事者)および2(原告らの解雇)の事実は当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、昭和三〇年ころには、被告が、従業員数約六〇名程度の、いわゆる家内工業的色彩の濃い会社であり、その従業員の採用が縁故関係に頼る場合が多かつたため、従業員の人的結びつきが特に緊密であつたこと、そのため、その後の企業成長により被告の従業員数が急激に増加し、前記請求原因1のとおり昭和四六年一〇月当時に、その数が八〇〇名を上回るに至つても、右のような昭和三〇年当時から勤め上げた従業員(原告らを含む。)の間には、いわば身内ともいうべき親密な人間関係が残存していたこと、原告藤野は、右の勤め上げた従業員の一人で、昭和三五年には従業員の親ぼく会として「泉風会」を結成してその会長に就任し、さらに昭和四三年七月一九日には、自らが中心となつて全泉屋東京店従業員組合を結合させるなど、長年勤め上げた従業員達の中心的存在であつたこと、原告らは、組合員を中心とする一部の従業員の間では人望もありまたその信頼も厚かつたこと、右組合結成以来その委員長は訴外塚田冨士夫であり、結成直後の組合の最盛期には組合員数は八〇〇名を超え、組合加入資格をもつている従業員の約九八パーセントが組合に加入するに至つたが、その後減少し、原告藤野が解雇された昭和四六年夏当時の組合員数は約四八〇名であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
二そこで、被告のなした本件文書の配布、掲示が、原告ら個人の名誉、信用を毀損する不法行為に該当するか否かについて判断する。
1 原告らの解雇についての告示文発表ならびに原告藤野の解雇についての通知の発信について
請求原因3の(一)(告示文発表ならびに解雇通知の発信)の事実は当事者間に争いがない。
ところで、原告らは右の事実によれば被告に原告らの名誉を毀損する意思があつたことが推認されると主張するので、この点につき検討する。
<証拠>によれば、被告は、原告らの解雇予告もしくは解雇につきその旨を被告の社内に告示発表する以前においても 被告の従業員の入社、退職、社内での人事異動、従業員およびその家族の慶弔事項等について「お知らせ」等と題する印刷文書を各部署に配布し、かつ、それを社内に掲示していたこと、その際、従業員の退職については、簡単な退職理由を付していたこと、原告藤野の本件懲戒解雇にあたり、被告が、解雇予告時に、「都合により解雇する。八月一日より就業を停止する。」と記載した告示を、懲戒解雇時には、「就業規則(昭和三八年九月一日施行)第五三条第二号、第七号および第一三号の規定により昭和四六年八月三一日付を以つて懲戒解雇する。」と記載した告示を、それぞれ社内に配布、掲示したこと、原告酒井、同和田の懲戒解雇による退職についても被告が右同様の告示を社内に配布、掲示したこと、原告藤野は、本件解雇当時、被告の製造部(多摩川工場)においてその中心的存在として行動しており、製造部での原材料等の発注についての実質上の決定権を有していたため、製造部の取引先業者と特に密接な関係にあつたこと、そのため、被告は、原告藤野を懲戒解雇するにあたり、右解雇の事実を製造部の取引先業者に通知する必要に迫られ、原告藤野に対する解雇予告後直ちに、原告藤野を解雇した旨の葉書約一〇〇枚を右取引先業者に限つて発信したこと、右葉書には、時候のあいさつのほか、単に被告が原告藤野を解雇した結果、被告と原告藤野との間には何等関係がなくなつた旨記載されているのみで、原告藤野の解雇理由について全く触れられていないことが認められ、右認定に反する証拠はない。
右事実によれば、原告らの解雇についての告示の配布掲示は、被告の従前の業務慣行から逸脱した異例の措置とはいえず、また、原告藤野の解雇についての葉書の発信も、被告の業務遂行上の必要からなされたもので、妥当な処置として是認し得ないものではないというべきである。
とすれば、その他右各行為につき被告につき原告らの名誉を毀損する意思があつたことを推認させるに足る事実を認むべき証拠は何もないから、右告示の配布、掲示および通知文の発信に関する原告らの主張は理由がない。
2 本件各文書の配布、掲示について
(一) 被告が、昭和四七年一月二五日、別紙二記載のとおりの内容の「社員の皆さんへ」と題する被告名義の文書を、同日支給された給与袋に同封するという方法で、被告の全従業員に配布し、さらに右文書の全文を拡大した文書を被告の社内に掲示したこと、被告が、昭和四七年一月二八日、別紙三記載のとおりの内容の「再び社員の皆さんへ」と題する被告名義の文書を、各部課係に業務命令を発令し、職場単位ごとに係長級の者を配布責任者として全従業員に手交し、その間終始課長一名宛を付添わせ、各職場ごとにいつせいに配布し、さらに前記文書と同様にして掲示したことは当事者間に争いがない。
(二) <証拠>によれば、被告が「再び社員の皆さんへ」と題する文書を配布するにあたり、被告から各職場の所属長、係長クラスに対し、各職場の作業を一時中断させてもよいから、右文書を職場ごとに責任をもつて全従業員に対し読ませるようにとの通達があり、右配布の責任者となつた各係長クラスに管理職(課長)が一名ずつ後に付添つてその配布がなされたこと、その際、ほとんどの職場では作業が一時中断され、右文書を全員が読み終えるまで、その場で右の各管理職がその監視にあたつたこと、本件各文書の掲示がなされたのは被告の多摩川工場の入口脇(構内)の掲示板上と麹町の本社社屋の階段の踊場の二か所であり、右多摩川工場の掲示の大きさは縦約一メートル、横約一、七メートルであつたこと、麹町の本社社屋の掲示もほぼ同様の大きさであつたことが認められ右認定を覆すに足る証拠はない。
(三) 右(一)、(二)の事実によれば、別紙二の「社員の皆さんへ」と題する文書の記載内容は、一面において原告らの解雇の事実とその事由の要旨には触れてはいるものの、その記載の体裁は、原告らの解雇が懲戒解雇であり、その理由として原告らにそれぞれ極めて重大な不正行為があつたことを、ことさらに強調し原告らを非難し、さらに原告らの不正行為に関連づけて原告らを支援する組合の姿勢を批判していること、別紙三の「再び社員の皆さんへ」と題する文書の記載内容は専ら組合が自主性、民主性を欠いていることを理由とする被告側からの一方的な批判に終始しているが、三日前に配布ずみの右「社員の皆さんへ」と題する文書の内容をも考え併せると、読者をして組合の自主性、民主性の欠如の主たる原因として原告らの不正行為があることを容易に推測せしむるものであること、本件各文書の配布掲示は被告が一方的になしたものであり、特にその配布は半ば強制的な方法で被告の全従業員に対して例外なくなされたものであることが明らかである。
3 匿名誹謗文書の配布について
<証拠>によれば、本件各文書の配布、掲示の直後である昭和四七年一月二九日ころから、「檄」、「これでよいのだろうか」、「これが本当の組合でしようか」等と題する泉屋東京店従業員有志一同もしくは全泉屋東京店労働組合有志一同名義の文書が、発信人の記載されていない匿名封筒に同封されて、次々と被告の従業員(非組合員も含む。)の各家庭、自宅宛に郵送され、その数は組合が回収したものだけでも二〇〇通以上に達したこと、右各文書の内容は、原告藤野、同酒井の不正行為を具体的に指摘し、さらに組合の姿勢を激しく非難するもので、組合および原告藤野、同酒井に対する不信感を被告の従業員に対し喚起せしめることを主たる目的としており、組合の姿勢に対する批判(特にその自主性と民主性の欠如を理由とする批判)について、ことさら執拗に論及していること、当時被告において全従業員の住所録を配布したことはなかつたこと、組合が組合員以外の従業員の住所録を所持していなかつたこと、被告が昭和四六年春に全従業員に対し被告の社長の意見を記載した文書を郵送したことがあることが認められ、右認定に反する証拠はない。
とすれば、右事実と右各匿名郵送文書の内容が本件各文書の内容とその組合に対する批判的姿勢(特に自主性、民主性の欠如を強調)において極めて類似していること、右各匿名郵送文書の作成名義人が泉屋東京店従業員有志一同もしくは全泉屋東京店労働組合有志一同名義になつてはいるものの当時、組合側の者が右文書を作成、郵送するような情況や、また、これを実行した形跡を認めるに足る証拠のないこと等からすると、右各匿名郵送文書は全従業員の住所を把握している被告の担当者ないし会社と通じ、その意をうけた一部従業員が作成、郵送したものと認めるべきである。
4 以上の事実によれば、通常人が前記のごとき方法で本件各文書の配布、掲示を受ければ、これによつて、原告らがその勤務上もしくは組合活動上、不正な行為を専らにする卑劣な人間であるとの印象を受けるであろうことは容易に想像しうるところであり、これに前記3の事実から推認しうる本件各文書の配布掲示についての多分に陰湿ともいうべき被告の原告らに対する非難ないしは中傷の意図の存在をも考慮すると、被告のなした本件各文書の配布、掲示行為は、原告らが前記理由一の社内生活上の地位等に伴つて有していた社会的評価を低下させたものであるといわざるをえず、従つて原告らは、被告のなした本件各文書の配布、掲示行為によりその名誉を毀損されたものと認めるのが相当である。
三次に、被告は、本件各文書の配布、掲示が正当な業務行為であること、もしくはかかる行為に出ないことを期待する可能性のないことを理由としてその違法性が阻却される旨主張するので判断する。
1 一般に、解雇、特に懲戒解雇の事実およびその理由が濫りに公表されることは、その公表の範囲が本件のごとく会社という私的集団社会内に限られるとしても、被解雇者の名誉、信用を著しく低下させる虞れがあるものであるから、その公表の許される範囲は自から限度があり、当該公表行為が正当業務行為もしくは期待可能性の欠如を理由としてその違法性が阻却されるためには、当該公表行為が、その具体的状況のもと、社会的にみて相当と認められる場合、すなわち、公表する側にとつて必要やむを得ない事情があり、必要最小限の表現を用い、かつ被解雇者の名誉、信用を可能な限り尊重した公表方法を用いて事実をありのままに公表した場合に限られると解すべきである。そして、この理は、不法行為たる名誉毀損の成否との関係では、当該被解雇者に対する解雇が有効か無効か、解雇理由とされる事実の存否には係わらないものというべきである。
以下、この様な観点に立つて被告のなした本件各文書の配布、掲示行為の違法性の有無について検討をすすめることとする。
2 <証拠>によれば、本件各文書が配布、掲示されるに至つた経緯につき、
(一) 原告藤野が、昭和四六年九月、被告のなした本件解雇行為の効力を争つて、東京地方裁判所に対し地位保全の仮処分命令の申請をなしたこと、右事件において被告が、原告藤野の解雇理由を被告の昭和四六年一一月一三日付準備書面により詳細に明らかにしたこと、
(二) 被告が、原告らに対する本件解雇予告もしくは本件解雇をなしたところ、組合から会社に対し、その都度解雇もしくは解雇予告の理由を明らかにせよとの要求がなされたこと、特に原告酒井については、同原告が組合の中央執行委員であつたため、同原告に対する解雇予告がなされた後には、組合から会社に、その理由を明らかにして欲しい旨の要求が繰り返しなされたこと、そこで、従前からあつた被告と組合の各担当者間の協議の場(窓口)を利用して、再三にわたり、被告の総務部長、人事課長と組合の副委員長、書記長との間で主として原告酒井の解雇理由をめぐつて話し合いがなされたが、組合側の要求にもかかわらず、被告は右窓口を通じては原告酒井の解雇理由を明らかにしなかつたこと、
(三) 同年一二月には、原告酒井が本件解雇予告の効力を争い、東京地方裁判所に対し地位保全の仮処分の申請をなしたこと、同月一八日の右仮処分事件の第一回審尋期日には多数の組合員がつめかけ、組合も原告酒井の右申請を積極的に支援し、被告と対決する姿勢を明らかにするに至つたこと、同月三一日、被告は原告酒井を懲戒解雇するにあたり、同原告に対し、解雇通知書をもつて、その解雇理由が、従来からの藤野派閥として組合を隠れ蓑にする等による会社に対する反抗的言動不正行為とそれに対する反省の欠如にある旨通知したこと、
(四) 同月六日、被告は原告和田を懲戒解雇するにあたり、同原告に対し、解雇通知書をもつて、その解雇理由が職務上取り扱つたB菓子の払下代金一八万円余の着服横領、それに対する反省の欠如、従前の金銭取り扱いについての不正ならびに競馬ののみ行為への参加にある旨通知したこと、その直後前記窓口を通じて被告から組合に対し、原告和田の解雇理由の概略についての説明がなされたこと、
(五) 昭和四七年一月六日、被告の総務部長訴外佐藤徹、人事課長訴外小柳義美および組合委員長訴外塚田冨士夫の三名の間で、本件各解雇(特に組合員である原告酒井の解雇)をめぐつて協議の場(窓口)がもたれたこと、その場では原告酒井の前記仮処分申請、これに対する組合の姿勢、被告側の本件各解雇についての見解等につき議論がなされたが、被告の総務部長佐藤が被告としては組合が原告藤野の個人的活動の道具として利用され自主性と民主性に欠けていると考える旨述べたのに対し、組合委員長塚田は右考えを争い、組合としては原告ら三名に対する本件解雇を一連のものととらえ、不当解雇として組合が原告ら三名を支援すると述べ、結局両者に歩み寄りは見られず、話し合いは物別れに終つたこと、同月一四日には、組合が被告に対し、原告酒井の解雇が不当であるとして文書によつて抗議の申し入れをなしたこと、
(六) 右のごとく、組合が原告らの解雇を不当解雇であるとして、原告らを支援し、被告と対抗する姿勢を明らかにしたため、被告が、従業員の動揺を慮つて、被告の側で従業員に対し、原告らの解雇理由の概要を発表し、併せて、被告の見解を発表することになり、その結果本件各文書が起草されるに至つたこと、そして同月二五日および二八日、前記のとおり本件各文書の配布、掲示がなされたが、右は被告が原告らの具体的な解雇理由を従業員に対して直接知らせるためにとつた処置としては最初のものであつたこと、
が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
3 <証拠>によれば、本件各文書の内容のうち、原告らの解雇理由に関する部分の真実性につき、原告藤野が、別紙四の原告藤野の解雇の理由(二の2および3を除く。)記載の反経営的行動もしくは不正の行為をなしたこと、競馬ののみ行為の主催者となつたこと(のみ行為をした事実については当事者間に争いがない。)、原告酒井が別紙四の原告酒井の解雇の理由(ただし、一の5、二の1を除く。)記載の会社に対する反抗的言動、不正の行為をなしたこと、原告和田が別紙四の原告和田の解雇の理由記載の職務怠慢、横領行為等をなしたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
4 右23の事実によれば、本件各文書の配布、掲示当時、本件各文書に記載された程度の原告らの懲戒解雇の事実およびその理由については被告の従業員の一部は既にこれを知悉していた可能性が大であること、被告と組合が原告らの解雇をめぐつて対立するに至り、被告の側で、被告に対する従業員の信頼を維持するため、本件解雇についての被告の公式見解を従業員に対して公表する必要に迫られていたこと、本件各文書に記載された原告らの懲戒解雇の理由とされる事実はその表現の適否は別としてほぼ真実に合致していたことが明らかである。
しかし、前記理由二の2ないし4の事実から明らかな原告らが重大な不正行為をなしたことによつて懲戒解雇されたかの印象を与える本件各文書の内容、半ば強制的ともいえるその配布、掲示の方法、その配布掲示にあたり原告らの名誉の尊重を顧りみない被告側の意図をも考慮すると、結局本件各文書の配布、掲示は、特にその公表方法、さらにはその公表内容において社会的に相当と認められる限度を逸脱しており、前記1の懲戒解雇の事実およびその理由の公表の違法性が阻却される場合には該当しないというべきである。
四損害および賠償方法
前記認定の本件各文書の内容、その内容のうち原告らの解雇理由部分の真実性、その配布、掲示方法、その配布、掲示に至る経緯、原告らおよび被告の社会的地位、前記三の3で認定した事実によれば原告らの解雇が違法とは言えないこと、その他諸般の事情を考慮すると、本件各文書の配布掲示により原告らが被つた損害の填補としては、原告らの精神的苦痛を慰藉するために被告に対し原告ら各自に対する各三〇万円の支払いを命ずれば十分であり、請求の趣旨第1項記載の謝罪広告の掲載を認める必要はないと解するのが相当である。
五結論
よつて、原告らの本訴請求は、被告に対し原告らに対し各三〇万円および本件不法行為のなされた後である昭和四七年三月一日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(平田孝 落合威 西岡清一郎)
別紙一
謝罪広告<省略>
別紙二
社員の皆さんへ
藤野弘、酒井斌男及び和田精作の懲戒解雇に関する一連の真相を発表します。
藤野は製造部の役付者で構成している泉風会の会長であつたが昭和四三年これを母体とした「全泉屋従業員組合」(後に労働組合に改称)を結成し、これを利用し幾多の反経営的行動を行つた。その上競馬ののみ行為の主催者となり職場秩序を乱し、管理職として何等反省するところがなかつた。また、かずかずの不正行為を重ねてきたものです。
酒井は藤野派閥として労働組合をかくれみのにする等により会社に対する反抗的言動、不正行為を行つてきたものです。
和田は業務上取扱つていたB菓子の売上代金を着服し、判明したものだけでも多額に及び、再三再四にわたる説得にも拘らずその非を認めず何等反省するところがなかつたからです。
会社は企業の存続と繁栄をはかり、従業員及びその家族の生活を守るため会社を私利私欲のために利用したこれらの者に対し、涙をのんで断呼解雇を決断したのです。目下、藤野、酒井とは裁判で争つていますが、会社は絶対の確信をもつて臨んでいます。
しかるに労働組合の一部の指導者は、酒井の解雇を契機として会社に対し反抗的な行動を画策しているようですが、それを正当な組合活動だと思いこんでいます。皆さん、いまの組合は本当の組合ではありません。なんとなれば、いまの組合は、藤野活動のために作られたものであり、いまはその残党の利益だけを考えています。こんな組合があるでしようか、皆さん「大映」の倒産をみて下さい。会社がつぶれてしまつたら組合も従業員もないのです。「大映」の方たちは本当にお気の毒ですが、この寒空に家族をかかえてどうしているでしようか。
ひるがえつて、泉屋の現状を考えるとき、売上は低迷しているのです。今迄のような甘い夢をむさぼつていては、いつとりかえしのつかない事態になるかわからない時代です。皆さん、ようく考えて下さい。泉屋は良い企業体質を持つているのです。これからのみんなの努力いかんでは、まだまだ伸ばせる企業なのです。
会社は善良な皆さんを路頭に迷はせるようなことは断じていたしません。いまの会社は、企業の社会に対する責任と、企業の存続のために断呼として戦つているのです。明るい泉屋の将来のために……
ここに良識ある社員の皆さんの正しい判断と自覚とを期待するとともに一層のご協力をお願いするため敢えて真相を発表した次第であります。
昭和四十七年一月二十五日
株式会社 泉屋東京店
社長 泉英男
社員各位
別紙 三
再び社員の皆さんへ
今日は組合のあり方について会社の考え方をお伝えしましよう。
皆さんも御存じのように労働組合は労働者が労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を目的として自主的に組織する団体であります。
それは外部の者の圧力や指示命令などによつて作るのでなくあくまでも労働者が自分達の考えによつて何者にも拘束されず自主的に運営してゆくのが正しい姿でありましよう。
組合が自主的であるがために大事なことは組合員全体が相談し、全体の意志を反映して決めるという民主的な運営が基本となります。
自主性と民主性―この二つは組合にとつてかけがえのない身上というものです。
ところで今の組合の設立当初のことを振りかえつて考えてみましよう。
みんなが自由な立場でまた、自由な意志にもとづいて組合運動をもりたてたと云えるでしようか。
酒井の解雇については既に発表した通り組合運動とは少しも関係のない別の理由によるものであり、酒井を組合として支援することが果たして組合員一人一人の利益につながることなのか、よく考えてみる必要があるのではないでしようか。
このようなことは、少なくとも組合員の総意にはかり民主的な方法で賛否を問うべき性質のものではないでしようか。
これらの点から組合は自主性、民主性に欠けているように思えます。その意味でさきに申しました通り「今の組合は本当の組合ではない」といえるのではないかと述べたのです。
もちろん会社は今までも、機会ある毎に申し上げているように正当な組合活動を否定する考えは毛頭ありませんしまた好んで組合と争いを求めるものでもありませんが、お互いに泉屋に働く者は組合員と否とを問わず会社を生活のよりどころとしているのであり、若し会社の存立が危くなれば経営者だけでなくお互いの生活もまた危くなるのは理の当然であります。ですから良識ある真の労使協調の実をあげられる良い組合に脱皮することを強く願つてやまないところであります。
会社は企業を守るために、そしてみなさんが安心してお勤めできるように最大限の努力をしているのです。
このことをよくご理解下さつて一層のご協力をお願いしてやまないものであります。
昭和四十七年一月二八日
株式会社 泉屋東京店
社長 泉英男
社員各位